SWの○○な話 その1

なんてこった!!信じられないことが起きてしまった!!だけど俺がやる事はただ一つ。あなたの暇をぶっ潰します。退屈な時間を少しでも打ちのめします。それでは本日より、短期集中連載(である事を祈るよ)で、SW先生が色んな話であなたの暇をぶっ倒します。SW先生のこういう文章が読めるのはこのブログだけ!




あれは小学生の時。当時の校長先生は背が小さくて、ちょっと小太りで、顔がまん丸で、ほっぺたと鼻の先が赤くて、いっつもニコニコしている人だった。ついたあだ名は「アンパンマン」。この命名はすごく安直だけど、極めて的を射た名前だった。それ以外の名前は考えられなかった。あの当時、新潟県内でこの人以上にこのあだ名が似合う人はいなかったはずだ。
その先生はいつも朝誰よりも早く学校に来て、校門に立って生徒一人一人に満面の笑みで、おはようの挨拶をしてくれた。そして決して人数が多い小学校ではなかったとはいえ、生徒全員の好きな給食のメニューや得意な教科や将来の夢なんかを記憶していて、会う度にその話題を振ってくれるような先生だった。だから当然人気も絶大。普通に考えれば入るのを躊躇われたりする校長室にも、休み時間には必ず生徒が出入りしていた。


そんな校長先生がある日、小学校の隣にある幼稚園から一つの依頼を受けた。それは、アンパンマンの格好をして園児たちを楽しませてくれないか、というもの。伝え聞いた話だと、校長先生はそれを二つ返事で快諾したそうだ。

校長先生がアンパンマンになる日。僕たちは体育の授業だった。だけど誰からともなく、校長先生の正式なアンパンマンデビューをこの目で確認しようという意見が上がった。だってそうだろう?あの限りなくアンパンマンであるあの校長先生が、正式にアンパンマンになる日なのだから!
いつのまにかその作戦を実行に移す5人組が結成された。記憶が確かならば、僕は情報を収集するスパイ役を拝命。他の4人は、先頭を歩く勇者役だったり、最後尾で周りを見張って逃げる号令をかける役だったり、そんな感じだったと思う。
そしてこっそり先生の目を盗んで校庭を抜け出す事に成功した僕らは、ヒタヒタと幼稚園へと近づいていった。なんせ数年前まで通っていた幼稚園である。中の構造には全員が精通していた事もあり、裏口から忍び込んで、先生がいる部屋から最も遠いひまわり組の教室の隅から中の遊技場を覗くと言う、そんな計画がすぐに5人の中でまとまり、そしてその作戦はあっけないほど簡単に成功する事になった。僕たちは全園児が遊技場に集まって誰もいないひまわり組に忍び込み、アンパンマンの登場を今か今かと待っている園児たちの後姿を、窓の隙間からこっそり覗くという理想的なポジションを手に入れたのだ。高まる鼓動と、手のひらにじんわりと滲む汗。


そして3分ほど経った頃だろうか。「しゃーんしゃーんじゃんじゃんじゃじゃじゃん!そうだ♪うれしいんだーいーきるよろこびー♪」というおなじみの音楽が流れ出す。僕たちの鼓動はいよいよ最高潮へ。そしてトイレから校長先生、いや本物のアンパンマンが登場!!




・・・だけど、その胸の鼓動は、背中を走る変な悪寒とともに、その躍動を沈めていく事になった。


校長先生は全身に赤のタイツを纏い、茶色いマントを羽織り、顔には幼稚園の先生のお手製と思われる、顔の部分だけがくりぬかれたでっかいアンパンの作り物をかぶっていた。そして何より問題は、股間に茶色の海パンを履いていた事だ。これは後で気付いたのだけど、オリジナルのアンパンマンはあんな海パンを履いてはいない。幼稚園の先生がなんとなくイメージで用意してしまったのだろう。そんな格好のまま、おどけた顔で「ぼくアンパンマン!」と叫ぶのである。
つまり、そこにあるのは、アンパンマンではなかった。全身タイツの気持ち悪い格好をした、おかしな初老の男だった。
そんな姿を観て、全く盛り上がらない園児と、おかしな汗をかき出した僕たち。その空気をすぐさま感じてか、これまで以上におどけた顔と大きな動きで園児たちに「ぼくの顔をお食べよ!」と叫ぶ初老の男。違う。これはアンパンマンじゃない。そして何より、これはぼくたちが大好きな校長先生じゃない。しかも動けば動くほど、茶色い海パンは食い込み、その初老の男の男性器の形をくっきりと浮かび上がらせるのだ。



ぼくたちは逃げた。走って逃げた。全身汗だくだった。あんな気持ちの悪い汗は、10年かそこらの人生では当然経験した事がなかった。
校庭に戻ると、僕たちは何も話さなかった。直後の給食は味がしなかった。その日は校長室の前を避けて、遠回りして帰った。



次の日の朝、一つ年下の典型的なお調子者であるカズキが僕たちに話しかけてきた。誰かがぽろっと話した、昨日の校長先生の噂の真偽を確認しに来たのだ。僕たちは曖昧な返事しか返せなかった。昨日の変な汗が背中の真ん中をすーっと通ってブリーフに染み込んでいくのが分った。
校門に着くと、校長先生がいつも通りの満面の笑みで、生徒一人一人におはようの挨拶をしていた。あまりにも、いつも通りの光景だった。しかし唯一違ったのは校長先生でも、僕たちでもなく、そのお調子者のカズキだった。奴は校長先生の前に立つと、履いていた短パンの両端をぐいっと持ち上げて食い込ませ、「ア〜〜ンパ〜〜〜ンマ〜〜〜ンwwww」とめいっぱいふざけた顔と声で、校長先生の周りをぴょんぴょんと跳ね出したのだ。


次の瞬間である。「んだゴラァ!!!!!」という怒号が朝の温和な空気を一変に凍りつかせた。その怒号の主は、昨日おかしな格好をしていた初老の男だった。校長先生なんて、ましてやアンパンマンなんて呼びたくない。


その後の事は正直言って怖くてよく思い出せないし、思い出したくもない。ただ、かすかに覚えているのは、そこにいた生徒全員の目の中に、生まれて初めて見る戦慄と恐怖の色を確認した事、その日の給食がやっぱり味がしなかった事、そしてカズキが次の日学校を休んだ事、それだけなんだ。


大人になるってのは、素敵で苦い事。