「なんか、おしっことかうんことかいっぱい描きたい」

・・・と言って、かつて「すごいよマサルさん」の連載を終えたうすた京介先生ですけど、ジャガーさんは「10年間のリアルな老化」という非常にセンシティヴで現実的なオチを持って終了となりました。
ちょっと遅くなったけど、お疲れ様。ありがとう楽しかったよ!次はギャグとかじゃなくてストーリー漫画を描いてほしいな。うすたは画力めちゃくちゃあるし、とてつもなくカワイイ女の子を描けるしね。



で、本稿の主題に戻ろうと思うんだけど、要は「なんか、おしっことかうんことかいっぱい描きたい」って事だ。うん、最近サッカーの話と映画の話ばっかりしてたから、たまにはちゃんと日々の事について文章をしっかり書こうという事だ。
あと最近俺の敬愛する人がブログ始めて、そこに刺激を受けたって事もあるな。つまり「ちゃんと面白いように書く」という作業を、俺の頭の中でリブートするのである。
なのにおしっことウンコの話かよ!!!!!!!!!!!!!ごめん!!!


まあいい。とりあえずこれを観てくれ。

千葉県内の某コンビニにて。凄いよね。
ここのトイレは男の小便器の部屋が一つ、男女兼用の洋式トイレの部屋が一つ、って構造なんだけど、きっとその男女兼用の方が埋まってたんだろうね。
でも猛烈に腹部はうねりを上げてると。早く出せ早く出せのシュプレヒコールがおへその下あたりで紛糾してたんだろう。そして背に腹は代えられずに、小便器のあの造形に対して、物凄くいびつな体勢をとりながらバング・オン!!だ。リフト・オフ!!だ。泣きながらバングオンだ。状況に迫られて仕方なかったんだ。姨捨山に親を捨てるのってこういう事だ。
この状況は、言うなれば戦争みたいなものだよね。する側もされる側も、誰も得をしない悲劇だ。そうだ、このトイレでかつて繰り広げられた悲劇は、戦争の歴史の縮図だ。エゴと理性の狭間を驀進する濁流の中で、最終的に選択された、「その時点でそこしか選べなかった着地点」。数年後に振り返ってみれば、識者の助けを借りるまでもなく、明らかに誤りである事が分かる「その当時の唯一の答え」。そしてその答えに対する悲劇と言う対価。
ウンコ is over。if you want it


そして次の日、込み合う首都高の中を運転してたんだ。いつも込み合う上りの竹橋JCTに差し掛かって、ブレーキを踏んで前の車が進むのを待ってる時、ふと右手を観たらペットボトルが一つ落ちている事に気付く。
そこにあったのはいろはすのペットボトル。例の簡単にグチャグチャっと潰れるあれだ。世界を変えさせておくれよー!!そしたら君とキスがしたいー!のアレだ。ていうか世界変えないとキスできないってハードルたっけーなー。
しかし問題なのは、そのいろはすのペットボトルが黄色い液体でパンパンだったという事だ。


うん、そうだよ。それしかないよね。ていうか男子なら分かるね。一度は考えた事あるね。むしろ一度は実行に移した事あるね?俺はあるよ。背に腹は代えられずに一度だけあったよ。ボルヴィック・フルーツキス・レモンのペットボトルがベストだと思ったよ。口がデカイあれね。口がでかいのって缶コーヒーとかにあるけど、あれだと中身がどこまで溜まってるか分からずに、悲劇的な結末を迎える事があるからダメだよ。ボルヴィック・フルーツキス・レモンのペットボトルが一番だよ。


そう、これも「背に腹は代えられない」ケースだ。でも着地点が誰かに多大なる迷惑をかけない程度だったって、それだけの違いだ。



それを痛感した俺は、車の窓から手を伸ばしてそのペットボトルを、ところで「初音ミク」と「花の二区」が似てるっての面白くね?超面白くね?なんかリアルでその話すると評判良くないんだけど、超面白くね?、ってまあそれはいいんだけど、俺はそのペットボトルに手を伸ばし、おもむろに拾い上げると、ぐっと力を入れてキャップを開け、中の黄色い液体をあたり一面に散布したのだ。俺は暴君だ。せっかく平和的な着地点を見つけたのに、それをわざわざかき回すファシズムだ!!
そして飛び交う怒号と軽蔑のまなざし。周りのドライバーはほぼ全員、そのペットボトルの存在と、そしてなによりそれが落ちている理由を、意味を、熟知していたのである。そしてもちろん、しっかりとキャップが締められて平穏を保っていたその危険分子に、わざわざ着火する事の意味も。
しかしその怒号はすぐに、まさに息をのむと表現するのがふさわしい沈黙と、若干の感嘆の声に変っていく。その液体の飛沫は、真夏の痺れるような日光を浴びてきらめき、大きな大きな虹を作ったのである。その虹はどんどんと大きな楕円を形作りながら膨らんでいく。
丁度渋滞でぎゅうぎゅうに押し込まれた車両を10台ほど覆い被せた所だっただろうか。まっ黒な雲が立ちこめる。



初音ミクから後ろ全部ウソです。