欽ちゃんもうやめて!それ以上やったら壊れちゃう!私、壊れちゃう!

地下鉄はこの世で最も凶悪な睡眠誘発マシーンである。
・・・と思うんだよ。今日も今日とて有楽町線乗ったら爆睡しちゃって、永田町で乗り換えるはずだったのに気付いたら新木場にいたし。で、本来慌てなくちゃいけないのに「まぁいいか」などと思ってしまう麻薬的な誘惑が地下鉄にはあるな。まぁその後全然「まぁいいか」じゃ済まない状況になったんだけどさ。


で、その爆睡している間に夢を見たんだ。その内容と言うのが、俺が欽ちゃんの仮装大賞に出演するというもの。そこで俺が演じるのは「ホッチキス」。腹筋運動をするようにカクカクと体を折り畳む度に、ぱっちん!と声を上げるという、一人芝居の演目だ。
で、出番が近付いて最終準備をする俺なのだけど、いきなり誰かに手を捕まれる。振り向くとそこには黒ずくめの男たちが立っていて、「もし合格したら家族の命はないぞ。ただし、あからさまに手を抜いたら今度はお前を殺す。」と脅してくるのだ。そう、俺は「必死にやってるのは分かるんだけど、つまらなくて残念ながら不合格」にならなくてはならなくなったのだ。
そして本番。とりあえず必死に体をカクカク折り曲げる。必死な所を見せておかないと俺が殺されてしまうからだ。だけど必死になりすぎてそれが道化のようになってしまうと、この番組にありがちな「逆に票をいれたくなる愛すべき馬鹿」になりかねない。それは危険だ。なんせそれでは多分合格してしまうからだ。
そこで俺はカクカク頑張って動かしながらも、ぱっちん!という声だけは非常に中途半端に出す事にした。するとこれが効を奏したのか、最初こそ笑いが起きていた会場も、次第に憐れみに満ちたざわつきに変わってくるのが手に取るように分かる。会場の雰囲気は確実に先細っている。そうだ、欲しかったのはこの雰囲気なんだ!
そして、このまま審査に入ってくれ!と俺が願うと同時に「ブ、ブブブブ」と会場に採点ランプの音が響き渡る。俺はそのランプをまだ体をカクカクさせながらも、必死の形相で見守る。
・・・8・・・9・・・10・・・ 止まれ!止まれ!
11・・・12・・・ 止まれ止まれ!止まってくれ!
13・・・ 止まれ止まれ止まれ!!!!
14・・・ 止まれーッッ!!!
静寂。
そして


カァ〜〜ン(ほゎゎゎゎーん)



そう、俺は不合格になったのだ。家族はこれで助かるのだ。そして汗びっしょりになって安堵の表情を浮かべる俺に、司会の萩本欽一がヘラヘラと笑みを浮かべながら近付いてくる。
「いやぁ、頑張ってたよ〜。頑張ってたのにさぁ〜。」との事。おぉ、ちゃんと頑張ってたように見えたのか。これで俺も家族も殺されずに済む。良かった。
しかし萩本のトークは終わらない。「必死にやってたのになぁ。しかしその腹筋力もったいないよぉ〜。ウチの球団のテスト受けてみないかぃ?」との事。いやいや、もういいから早く締めてくれ。次に行ってくれ。バニーさん早く俺を舞台袖に誘導してくれ。
・・・と思っていた矢先。


・・・・・ブ
だだだんだんだだだだーん!たらららーた〜〜ん、ダダン!!


・・・嘘だろ・・・嘘だろ。嘘だろっ!!何でだよ!誰だよ!山本カントクか?!ほとんどどころか100%病気だ!てめぇっ!
しかし山本カントクはランプ一つのままだ。じゃあ誰が?…と思っている所に、満面の笑みで手を上げる奴が。



藤田弓子っ!てっめぇぇぇ!!!




…という所で目が覚めたんだな。で、何故こんな夢を見たか考えてみたんだけど、恐らくこれは俺が昼によく行く定食屋のせいではないかという結論に至ったんだ。
その定食屋っていうのがさ、なんか一品多いんだよ。例えばオムライス定食を頼んだ場合、まずオムライスがあって、味噌汁があって、サラダがある。ここまではいい。で、そのサラダの横にコロッケが添えられてるんだ。まぁこれはちょっと多い気はするけど、まだ有り難く頂戴できる範囲じゃないか。だけど問題はそのコロッケの横に、更に鶏の唐揚げが二つ鎮座してるって事なんだ。
これは明らかにトゥーマッチだ。その唐揚げがなければ「サービスのいい定食屋」になれるのに、唐揚げのせいで「胃袋を強襲する事を目的とした、イロモノっぽいB級感が若干漂う定食屋」になってしまう。多分、その定食屋としては最大の善意なんだろうけど、正直言ってそれはあまりにも重い。あまりにもギトギトし過ぎている。油だらけの愛なんていらない。


実は俺にとって、この「精一杯の善意が、誰かにとって迷惑になる」ってのは昔からトラウマ的に抱えてるテーマなんだ。小学校の給食の時間に、たまに校内放送で流れてたある寓話を聴いてから、俺の中でいくら掃除しても取りきれない残滓としてずっと残ってるんだ。
その話というのはこんな内容だ。

ある所に一人でパン屋を切り盛りする女性がいました。いつもそれなりに繁盛して常連さんも多いパン屋でしたが、最近毎日買い物に来る男性がいたのです。
その男は、いつもインクや絵の具で汚れた小汚い服を着ていて、どうみても裕福そうには見えません。そして買うものは毎日同じ。パンの中でも最も安い、黒パンを一個だけ買っていくのです。
パン屋さんは、毎日来ては特に会話もせずに黒パンを一個だけ買っていくその男が気になって仕方ありませんでした。そして彼の素性を色々と妄想するのでした。
「いつもインクで汚れた服を着てるから、きっと絵描きなんだわ。そしていつか有名になることを夢見て屋根裏で一人黒パンをかじりながら絵を描いているのよ」
そこである日、パン屋さんはちょっとした実験をしてみたのです。いつも時計がかけてある壁に、近所の雑貨屋で買った絵を掛けて男の反応を見るというものでした。
そしていつものように男が店に来て、いよいよ実験の始まりです。いつものように無言で、いつものように黒パンを一つだけ買っていく男。しかし今日は一つだけ違いました。壁に掛けた絵を見て「綺麗な絵ですね。よく描けてる。でも少しデッサンが崩れてますね」とだけ話し、店を後にしたのです。
「間違いない」
パン屋さんは自分の仮説が正しかった事を確信しました。そして、そんな男を何か応援できないか考えたのです。
そこでパン屋さんは、いつも男が買っていく黒パンにこっそりナイフを入れ、中にバターを塗ってあげることにしました。いつも味気ない黒パンばかりでは可哀想だと思ったからです。
次の日、いつも通り買いに来た男に、パン屋さんはこっそりバターを塗った黒パンを渡しました。それに全く気付かずに店を後にする男。
そしてパン屋さんは男が去った後、ちょっと幸せな気分でまた空想に耽るのでした。「あの人はきっと、屋根裏で黒パンをかじった時驚くだろうな。そして笑ってくれるかしら…」
その時でした。

ガターン!と荒々しく店のドアが開き、あの男が半狂乱で店に飛び込んで来たのです。
「ふざけんなよ!この馬鹿女!お前何やったか分かってんのか!どうしてくれるんだ!!」
何が起きたか分からないまま、ただ唖然とするパン屋さん。それを尻目に、男は半分泣きじゃくりながら続けました。
「お前が、俺の人生をメチャクチャにしたんだ!」
そう言い残すと、また荒々しくドアを開けて男は店を出ていきました。ただ唖然とするしか出来ないパン屋さん。しばらく何も考えられず立ち尽くすだけでした。
すると数分後、一人の男が入ってきました。聞けば、その人はいつもの男の同僚であるとの事。そして事情を話し始めました。
実はあの男は貧乏な絵描きではなく、デザイナーの卵でした。そして今、彼は権威のある新人デザイナーコンクールに出品するための図面に取り組んでいる真っ最中だったのです。そして長年デザイナーとして芽が出なかった彼は、その新人デザイナーコンクールに出品するための年齢制限ギリギリになっており、今回がデザイナーとして花開く為の最後のチャンス。自分のデザイナーとしての人生を掛けての作品制作に取り組んでいたのです。
そしてあの黒パン。実はあれは食べるためではなく、図面の下書きにインクを入れて清書した後で、鉛筆で書いた下書きを消すためのものだったのです。しかし、あの黒パンの中には、バターがたっぷり塗られていた。そのせいで締め切りギリギリで作成していた図面がグチャグチャになってしまった。もちろん書き直す時間はありません。
それを知ったパン屋さんは、ただ泣きじゃくるしかありませんでした。


って話なんだ。小学生にこれ聴かせるのはトラウマになるよな。で、ここで問いたい。誠意って何かね?



・・・・と思ったところで目が覚めたんだ。
まさかの夢オチ!東京大学物語か!!